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母のメモ帳

memo
母が第3子のkumiを出産した時のメモ帳が、居間に置いてあり、hitoが、
「お姉ちゃん、これ読んでみな。笑えるよ」
・・・母には子供のことを考えるなと言われるが、今頃眠ったかと・・・
書いてあって、母もお母さんになったばかりの時があったんだと、笑えるどころか泣けてきた。
几帳面な母は、毎日日記を書いていて、いろんなことを記している。

memo
・・・さとみは結構役に立つのに、おどろき・・・
笑った。
よかった、役にたっていて。

| 出産 | 17:14 | comments(6) | - |

帝王切開時の準備品

sawa&haru
ブログを読んでくださっている人の中に、これから帝王切開をする人がいるので、私が入院する時持っていって良かった物を書こうと思う。
カメラとかビデオとか、手術するにあたり準備してくださいと言われた物を除いて。

ペットボトルに付けられるストロー。
ベットの台に置いてすぐ飲めるのがいい。
これがストローなしだったら、ちゃんと起き上がらなくてはいけなく、これが辛い時があるのでやっぱしストロー付きがいい。
大きなペットボトルだと冷蔵庫に冷やしておかないと美味しくないし、冷蔵庫まで歩かなくちゃいけない。
点滴台を支えにして歩くのも一苦労、大きなペットボトルを注ぐのも一苦労。
500のペットボトルにストロー、これがグット。

妊婦でも飲める下剤。
入院中、
「でないんです」
と言えば、下剤を処方してくれるが、全く効かない。
手術前、手術後と運動はできないし、食べれないし飲めないしというのが続き便秘になる人が多い。
妊娠中だってずっと下剤を処方してもらっていたから、薬なしでは無理。
大学病院だと、入院前に、
「何か薬は飲んでいますか?持ってきていますか?」
と聞かれる。
咲羽の出産時はちゃんと言っていたが、次からは内緒で持参した。
本当は言わないといけないのだろうけど、私の他に朝からプロテインを飲んでいる人や、サプリ飲んでいる人がいるので、自己責任かなと思って持っていく。
だってね、持っていかなかった咲羽の出産後、大変だったんだもの。
帝王切開して1週間、でないのなんのって(笑)
産科病棟から離れたトイレに行き、1時間半くらいこもりっぱなし。
傷口が開いたらどうしようなど考え、どうにもこうにもいかなくなり、看護師さんを呼ぼうと思ったほど(笑)
いやいや、笑いごとじゃないんだって。
大変だったんだから。
中にはいるみたいで、看護師さんにかき出してもらう人が・・・
それだけはイヤっと、頑張った。
へろへろだった。
晴琉の時も、飲んだ。
持っていってよかった。

絶対に忘れてはいけないもの、リップ。
手術中、口が乾いてかっさかさになる。
緊張と、酸素マスクと、乾燥と、水が飲めないのとで。
晴琉の時、手術前にたっぷりリップを塗って、ベットから手の届く台に置いた。
手術が終わり、病室に帰って来てshinに、
「リップ、取って。リップ」
と言った。
たっぷり塗ってもかっさかさだった。
リップは夏でも持っていくべし。
| 出産 | 20:54 | comments(2) | - |

りんどう湖ファミリー牧場

shin&miu&sawa&haru
夏季休暇は14日からで17日までの4日間。
めいっぱい休暇を楽しもうと、14日に実家に帰省することにした。
朝8時に出発し、りんどう湖ファミリー牧場へ寄ろうと前々から計画をたてた。
念願の、乳搾りをさせてあげたくて。
ここは時間が決まっているけど、乳搾りができるって書いてあった。
294号線の途中羽田屋川魚店で鮎を食べる。
ここの子持ち鮎は、最高。
294号線で帰る時、必ず寄る。
今回は帰りも寄ってお土産まで買っちゃった(笑)
牧場は混んでいたけど、中は広いので窮屈さは全く感じなかった。
ボートに乗ったり、メリーゴーランドに乗ったり。
アイスクリームを食べたり、かき氷を食べたり。
牛にミルクをあげたり、竹馬にに乗ったり。
そして、乳搾り体験もできた。
だけど、100円で5回くらいシャーシャーと出して終わり。
ええ!搾ったミルクを飲ませてくれるとかないの?
たった5回って思いながらも、子供達は嬉しそうだった。
牛のおっぱいは柔らかく温かかった。
毎日、牛乳を飲むので、牛さんありがとうと感謝した。
その話はを義弟にしたら、
「えー、高い。うちに来て乳搾りさせてあげたかったよ」
と酪農家の息子なので、そう言った。
アスレチックで遊んでから、実家へ。
両親は桃ときゅうりの出荷で忙しそうだった。
着いた早々、妹に髪の毛を切ってもらった。
我が家全員、晴琉も初めての散髪。
満足の休み初日だった。

昨日、19日の夜のニュースを見ていたら、福島県大野病院のことが流れていた。
20日に判決がでると。
shinもちょうど見ていて、
「帝王切開でお母さんが死ぬなんて考えていないから、家族は衝撃的だったろうね。
でも、医者だって人間だし、どうしようもならない時だってある訳だから、仕方がないよな。もし、自分が被害者の立場だったら、やっぱ、訴えるかな・・・わかんないけど」
と言った。
この事件のニュースが流れた当時、私は妊娠中だったので、すごく怖く不安になったのを思い出した。
この事件以後、癒着胎盤という言葉を先生達はよく言っていた。
健診中、そして帝王切開の手術中。
優羽を出産中、研修医が胎盤を取った。
「癒着胎盤じゃないか、手を胎盤に沿わせて入れろ」
「大丈夫です、癒着していません」
というやりとりが聞こえた。
それは晴琉の時も。
この大野病院事件以後、福島県で出産ができる病院は31から20になったと報道された。
広い福島県で、たった20。
これから出産するであろう友達や妹のことを考えた。
福島県は、救急隊員の判断で搬送先に決まった当番病院は、患者の容体や集中治療室(ICU)の空きベッド数にかかわらず必ず受け入れることが決まったそうだ。
福島県は、例え病院が満床でも、医師が他の患者さんを診ていて手が離せなくても、救急隊の決めた病院で、救急車を全て受け入れる。
福島県から医師は撤退すべきという話を聞くようになった。
これから、福島県の周産期医療や、救急医療はどうなっていくのでしょう。
この問題は福島県だけではないのでしょうね。
| 出産 | 16:42 | comments(4) | - |

4ヶ月健診

haru
晴琉の4ヶ月健診が先週あった。
朝の8時に母子手帳を提出したので1番に呼ばれると思い、午後ばたばたと用意して行った。
保健センターに入ると、オルゴールの曲が流れていてちょっとだけ苦しくなってしまった。
やばい、笑顔笑顔と自分に言い聞かせる。
1番に名前を呼ばれ身長と体重を測定してもらい、保健師さんに首がすわったか、男の子はタマが2つあるかなどを診てもらった。
次は、医師の診察。
晴琉を見せたとたん、
「サイヘルニア」
つまりでべそ。
おじいちゃん先生で手がぷるぷるしていた。
でべそは美羽の時よりは小さいと思う。
美羽の時は、お医者さんに、
「でかいですね〜。ホント、でかいですね」
と2回も言われたから。
医師の診察ではサイヘルニアだけで何も言われなかった。
BCGを受け、離乳食や予防接種の話を聞いたあと、保健師さんとの面談。
私は主任の保健師さんが担当となった。
「あれ?帝王切開4回目なの?3回かと思ったわ。何も先生に言われなかった?管理入院とかしたの?」
「先生には手術の時に薄いとか言われただけでした。妊娠中は特には何も。37週で出産しました」
「4回とも同じとこ切るのかな?私が若い時に帝王切開に立ちあっただけだから、わからないんだよね。亡くなった子からすぐできたんだね」
泣かないで手術の話など、ちゃんと答えられた。
晴琉がいたから、話せた。
「生まれた時はおちびちゃんだったんだね。4ヶ月で身長は平均の下の線くらいで、体重が平均の真ん中。いい感じに育っているよ。おっぱいだけ?それだけでも大丈夫だね」
母乳だと飲ませている量がわからないので、誰かに大丈夫って言われるとほっと安心する。
晴琉はかなりデブなのかと思ったら、そうでもないみたい。
カウプ指数は19だし。
でも、他の子と比べるとがっちりしっかりしている。
11月生まれの4ヶ月健診、晴琉は月末生まれ。
2600で産まれたから小さい方だったはずなのに、1人だけ足をにょきってしてタッチして赤ちゃんじゃないみたい。
4ヶ月くらいから晴琉は腰周りが太くて、ずっしり重くなってきた。
やっぱり、女の子と違うこの肉質。

妊娠中のこと、出産時のこと、入院中のこと、最近よく思い出す。
ここに晴琉がいること、大きく育っていること。
時々、嘘じゃないかと信じられなくなる。
晴琉の温かさを確認し、ちゃんとここにいるんだなぁって、生きているんだなぁって自分に言い聞かす。
4ヶ月健診、受けれてよかった・・・
| 出産 | 19:22 | comments(2) | - |

帝王切開の方が楽?

sawa
晴琉を入院中、同じ病室のママと友達になった。
1人は、常位早期胎盤剥離による緊急帝王切開のママだった。
「ずっと切迫で入院していて、退院したと思ったらお腹が痛くなって、個人病院から大学病院に救急車で運ばれたんです。全身麻酔だったから産声聞けなくて・・・赤ちゃんは元気です」
「よかったですね」
と話した。
間に合ってよかった、本当に。
もう1人のママさんは帝王切開なのに、とても元気な方で、どうして帝王切開になったのか聞いてみた。
「1人目出産中に赤ちゃんの心音が低下してきて、全身麻酔で帝王切開したんです。どうしても下から産みたくて、上の子と3年あいたからVBACしたんですよ。8センチまで子宮口が開いたんだけど、そこからどうしても進まなくて、看護師さんがもうどうすることもできない、お腹を押すことも、促進剤を打つこともできないって言われて、また切ったんです。フルコースでした」
の割には、すごーく元気な方で驚いた。
「あともうちょっとだったんだけど、私、頑張りました。もう後悔はないです」
晴れ晴れとしていた。
「satoさんはどうして帝王切開なんですか?」
「私は、長女の時に胎盤剥離で・・・」
と話すと、
「胎盤剥離ってママも死んじゃう病気でしょ。知っていますか?実は私に兄がいて、兄と私の間の子を胎盤剥離で亡くしたんです。お母さん、子供亡くして大変だったんです」
「そうですか。お母さん、出産する時は不安だったでしょうね」
と話した。
私のことも話したが、優羽はお空にいるということは話せなかった。
実際生きているように話してしまって、心苦しかった。
出産されたばかりの方達に、正直に話すということは不安をあおってしまいそうだったのでやめた。

今回の入院中、双子のママが多かった。
大きなお腹でウテメリンを点滴し安静にしていて、やっと出産したママ。
中には、不妊治療でやっと双子を授かった人もいた。
ある双子のママとおしゃべりしていて、
「赤ちゃん2人とも頭が下だったんで、下からも産めたんだけど、安全をとって帝王切開したんです」
などと話をしていたら、さっき孫が産まれたというおばあちゃんが話に混ざってきた。
おばあちゃんといっても、歳は50くらいかな。
「さっき、産まれたんですよ〜。女の子でした」
とすごく嬉しそう。
「おめでとうございます」
と私も、双子のママもお祝いの言葉を言った。
「難産で産まれなくて、娘はもう切って下さいとお願いするほどだったんですよ。見ているのがかわいそうで。安産だったんですか?」
「いいえ、私達帝王切開です」
と言うと、
「下からの方が辛いのよ。切った方が楽なの。娘見て、本当に大変そうだったのよ」
私はむっとして、
「下から産めるなら産んだ方がいいんです。手術にはリスクがありますから」
と言っても、
「下からの方が大変なのよ〜」
ああ、このおばちゃんに何言っても伝わらないだろうと思った。
双子のママさんが、下を向いて、
「下からの方が大変なのかな?」
私に言った。
「ううん、赤ちゃんが無事ならいいんだよ。帝王切開でよかったんだよ」
ただ、それだけ話した。
「そうだよね」
そう双子ちゃんママは言ったけど、うかない表情をしていた。

どうして比べたがるのだろう。
帝王切開と経膣分娩は出産方法が違うのだから、痛みは比べられない。
産道を通らないと弱い?
すくすく育ってますけど?
出産から何年も経って、痛みなど忘れた頃に言われるのならまだいい。
本当に痛い時に、
「麻酔あるから痛くないんでしょ。楽でいいね」
などと言われたら、頭にきてしまう。
どっちも経験した人に言われるのならわかるが、帝王切開の経験もないのに言わないで欲しい。
初産で傷の痛みを耐えているママに言わないで欲しい。
体にも傷が残り、心にも傷を作るとなかなか治らない。
赤ちゃんが助かったからこその悩みだけど、次の子を妊娠するまで、そして妊娠しても出産方法で悩みは続く。

帝王切開は、痛いです。
経膣分娩と比べないでください。
| 出産 | 12:00 | comments(10) | - |

1ヶ月健診

miu&sawa
咲羽が9度2分の熱を出した。
咳もひどくって、どこにも行けない週末を過ごした。
夜中に2人を撮った写真を見ると、布団をかけないで寝ているからかな・・・なんて。
薪ストーブを焚いているから暖かくて、布団をはいじゃうんだよね。
美羽にもうつるかと思ったけど、今のところ大丈夫。

15日は晴琉の1ヶ月健診だった。
大工さんの給料日でもあり、午前中はパソコンで振り込みをした。
咲羽が具合が悪かったので休むだろうと予想して、振り込み予約などもしていたので早く終わった。
shinにお願いして一緒に健診に付き添ってもらい、咲羽のお世話を頼んだ。
来てもらってよかったよ。
もー、ぐだぐだの咲羽。
プレイルームや売店があり、そこでshinは時間を潰してくれた。
私だけだったら、ホント、どうしようもなかっただろう。
体重測定をした晴琉、出生から1ヶ月と2週間で2キロ増。
看護師さんに、
「夜中にミルク足してますよね。これいらないかも。おっぱいだけでいけるよ」
と言われ、飲ませすぎてたんだなーと反省。
おっぱいだけじゃ泣くのでミルクを足していたけど、足りていたみたい。
産まれてから今まで、泣いたらおっぱいを繰り返してきた。
最近になってようやく、夜中もおっぱいだけでいけると思ってきたところだった。
がんがん授乳して、この産後太りをどうにかこうにか解消したい。
昨日、美羽とお風呂に入った。
裸になった私を見て、
「わぁ」
と言った。
何を見て?
視線はお腹。
傷があるところはへこんでいるんだけど、傷の上にはぽっこりと乗っているお肉。
だいたい10キロ太り痩せては繰り返しているから、ね・・・
今回はなかなか減らないな。
妹のkumiは妊娠前より6キロも授乳で体重が減った。
私も、そうなりたいよ。
shinは、
「無理に痩せることないよ。バランスが崩れて、どっかに負担がかかんだからさ。太っても痩せても自分のベスト体重にそのうちなんだよ。なんで女の人って痩せたがんのかな。食べるの我慢すると、ストレスでもっと食べちゃうから食べれば」
とお正月に、私や末妹に言った。
末妹は結婚が決まりそうだから痩せたいんだろう。
私は、痩せないと着れる服がないんだよー(泣)
| 出産 | 17:50 | comments(0) | - |

闘護君のこと

haru
優羽が運んでくれた天使ママさんとの出会い。
SIDSでお子さんを亡くされたママのブログを何気なく開いた。
2人のママさんが妊娠中だとは知っていたが、2人とも無事に出産されていた。
妊娠中はずっと不安だったと思うが、これからの育児も不安だろうと思う。
天使ちゃん達が新しい命を守ってくれますように・・・

年末、悲しい知らせが届いた。
闘護君が天使になったという知らせだった。
600グラムで産まれて順調に保育機で大きくなっていたのだが、肺に疾患ができてしまい天使になったと。
ここまでくれば生きていけると誰もが思っていたので、ショックだった。
闘護君と晴琉の本当の出産予定日が同じ12月だった。
闘護君だって、このくらい大きくなっていたかもしれないのに。
闘護君ママが落ち着いて、闘護君のことを話したくなると思う。
人づてになってしまったけど、その時がきたら、私がとても助けられたサイトを闘護君ママに教えて下さいと頼んだ。
そして周りの人には、言わなくてもいいから忘れないでと下さいと言った。
闘護君は小さく産まれたけど、教えてもらったことは本当に大きい。

いつまでもパパとママを、見守っていてね・・・
| 出産 | 19:19 | comments(0) | - |

退院診察

Image122.jpg
衛生看護学校の学生さんが私にカードをくれた。
実習で私の担当になり3日間くらい、話をしたりした。
外科の看護師さんになりたいと言った彼女。
きっと優しい看護師さんになれるよ。

傷のテープを外した。
研修医が水で濡らしながら痛くないように。
埋没法は溶ける糸で、表面に見えないように縫うことらしい。
バッコウした日はシャワーを浴びれないんだけど、私は剥がしただけなのでシャワーOK。
黄疸の数値も下がり、赤ちゃんは明日に退院できることになった。

私の退院診察は、今回の妊娠を初めて診てくれた婦人科のI先生。
I先生は穏やかに話す、結構偉い先生。
I先生を見ただけで、
「妊娠しています。頑張りましょうね」
と言ってくださった日のことを思い出す。
薬などを処方してもらい、貧血がひどいので1ヶ月検診の時に採血してもらうよう手続きしていた。
「傷をしっかり縫ったようなので、次回の妊娠なんですが、大丈夫ですよ」
「私、4回目で先生にダメだと言われました」
「妊娠したい気持ちをとめられる権利は誰にもないですよ。腎臓が悪い人が妊娠したいという気持ちを抑えられず、妊娠して出産する人は何人もいます。帝王切開5回でも6回でもいいですが、子宮破裂のことだけは理解してもらえればいいですよ。妊娠の可能性があるからがっちり縫ったので大丈夫だと思います。次回があるのなら総合病院にしてくださいね。うちなら経過を診つつ、検診をしっかりしていきますから。あ、来月の妊娠とかはダメですよ」
と言った。
やはり、先生によって見方は違う。
I先生と話せてよかった。
もうちょっと話したかったのだが、先生の話を聞いているだけで胸がいっぱいで、何も話せなかった。
一言、心を込めて、
「ありがとうございました」
と言うと、
「退院おめでとうございます」
と言われた。
| 出産 | 12:06 | comments(13) | - |

教授回診

Image121.jpg
保育機に入り光線療法をしていたが、数値がすぐ下がり、ビリビリベットと言われるベットでの光線療法になった。
本当の名前はわからないけど、看護師さんがそう呼んでいた。
これだと母子同室ができる。

朝、教授回診があった。
ゾロゾロと教授の回りを先生や研修医が囲んで歩いて来る。
研修医はパソコンでデータを教授に見せ、患者と話す。
「4回目カイザーです」
「頑張りましたね。子宮筋層はどうでしたか?髪の毛透けてました?破膜しそうな」
「透けてました」
「陣痛きたら子宮がバーンでしたよ!少子化なのに頑張りましたね」
と教授が言う。
いや、我慢しただけで頑張ったのは先生ですよ。
教授に、
「薄くなった子宮というのは何年かしたら、厚くはならないのですか?」
「ならないです。次はやめた方がいいかもしれませんね」
と言われた。
執刀医だったK先生が私の顔を見て、わかったでしょうというような合図をした。
K先生は今回診察によくあたり、診てくれた先生。
手術中にも、
「薄いよ〜」
と言われた。
あとは手が荒れていた女のH先生。
研修医で女のK先生が私の担当だった。

研修医のK先生が手術前、リスク説明をしてくれた。
shinに説明して同意書にサインしてもらう。
輸血とか手術のあらゆるリスクの説明、それが終わったら麻酔のリスク説明。
shinが仕事の電話でいない時、
「どうして卵管を縛らないのですか?」
4回目なんだから縛った方がというような姿勢。
「上の子のようなことがあったので、可能性を残したいんです」
「次の妊娠を望むということですか?」
「そういうわけではなくて、子宮の状態をよく診てもらって考えたいんですけど」
と頼んだ。
また、バッコウ(お腹の傷についているホチキスみたいなのを外す)が痛かったので、傷を長くしないで欲しいとも言った。
赤ちゃんがでるだけ切ってもらえればと。
そしたら埋没法で縫ってくれたようで、バッコウなし♪
キレイに縫ってくれたみたい。
すごい嬉しい。
バッコウはないけど、強力なテープが傷に貼ってあるので、それを剥がすのは痛いだろうな。
いよいよ明日が退院診察、バッコウなどする日。
退院はあさって予定だ。
| 出産 | 17:54 | comments(4) | - |

中耳炎と新生児黄疸

Image117.jpg
手術の前から左耳がおかしくて、聞こえにくくなっていた。
術後、そのことを先生に話し、今日、耳鼻科へ行って診察してもらってきた。
太陽の光が眩しい。
こんなに天気がいいんだ。
もう寒いのかな。
耳鼻科で聴覚のテストをして診察。
「大人では珍しいですが風邪からきた中耳炎ですね。術前風邪をひいたでしょ。体力がないところに手術したからばい菌入ってなかなか治らないのでしょうね。薬を出したいのですが、産科の先生と相談して出しますね」
と言われた。
耳鼻科から帰ると、
「赤ちゃん、黄疸が強くって光線療法を始めたんですよ」
新生児室に行くと、目を保護され裸にされた我が子。
「おっぱいあげてもいいけど、1時間は出せないので」
「なるべく光線を浴びさせたいので搾乳します」
と言った。
明日には治るかな。
せっせと搾って運ぼう。
| 出産 | 14:21 | comments(2) | - |

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